第21回LSTR療法学会 学術大会 2022年
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メインテーマ: 『早期診断・早期治療の新しい概念』

<特別講演>
歯根破折歯のポイント ー診断から治癒までー

宅重 豊彦 TAKUSHIGE Toyohiko
LSTR療法学会指導医/3Mix-MP臨床学術担当
【はじめに】  

 歯は、一度破折すると、どんな治療をしても元に戻すことは出来ず、せいぜい接着剤でくっつけるのが関の山と云える。これでは「破折歯を治した」と云えない。当院でやっている再植再建術は、単に傷に包帯を巻いただけの応急処置にすぎないし、応急処置にしては難しすぎる処置だ。治療法の成功率も見たことがなく、いつ何時歯がバラバラに崩壊してもおかしくない状態になるだけの治療なのに、破折歯の保存治療は、この再植再建術しかないのが現状だ。 今回の講演では、25年間で当医院を受診した破折症例の治療経過を報告し、後半、治療術式の注意点を話す。  3Mix-MP法では、これまで数多くの“抜歯せざるを得ない歯の救済法”を開発してきた。数年前から本学会内に破折研究室を設置し、多くの会員が参加し、一定の成果をあげている。その内容を中心に、破折歯の早期発見?治癒の重要ポイントを示し、予防に繋げたいと思っている。破折歯治療の目指すところは「割れなくする」と考える。すなわち、破折する前に破折を引き起こす要因を取り除いて、割れなくする、強いて言えば病態の特異性から予防こそベストの治療法だと思っている。沢山の破折症例から、そのような発見があり、予防術式が確立する事を願っている。

 

 

【当院における破折歯】
表1に、当院を受診した破折歯の割合を示す。25年間で440症例あり、縦裂歯は409症例、横裂歯は31症例であった。破折歯の90%は既根管処置歯で縦に割れていた。  本講演では、破折症例をクラック、破折、破折分離のグループに分けた(図1、2、3)。


 

クラックは破折歯の19.9%にみられ、破折線上、まだ割れていない歯質が残っている場合で、破折歯の歯冠側は破折を直視できるが、歯根が歯槽骨内にあるので、破折を歯根側は直視できない(図1)。従って、この段階の診断は、総合的な臨床症状から推測するしかない(図2)。破折は46%にみられ、破折分離は34%で、破折後、小さい方の破折片が移動し破折片間に空間が生じ、その空間に軟組織等が増殖している歯を云う(図3)。 破折歯の治療処置は、その症例の病態に応じてやったつもりだったが、結果的に3つの治療法に集約された(表2)。

表2 無髄歯の治療方針

精密咬合調整
23症例
6.02%
口内法
168
43.98%
再植再建術
124
32.46%
ヘミセクション
7
7.85%
抜歯
23
放置
21
9.68%
断る
16

 

主な3つの治療法は、精密咬合調整法、口内法、再植再建術で、3Mix-MP法の術式としてアレンジされているので、詳細を後述する。

 

表3 処置後の良好な症例

経過年数
症例(%)
備考
1年未満
11.1
1年以上
89.9
5年以上
全症例の45.5%

 

全破折歯の傾向は、無髄歯の縦裂症例群と類似していた。それによると、2つの治療法(口内法と再植再建術)に症例の片寄りはなく、治療の経過にも差は見られない。尚、処置後良好と判断した目安は、炎症がなく不自由なく噛めることとした。

(結論)
1)破折の状態(クラック、破折、破折分離)にかかわらず、口内法は有効であった。
2)最も高い頻度で破折していた歯は下顎の右側第一大臼歯、ついで左側第一大臼歯であった。上顎では、第二小臼歯であった。  

「破折の早期発見を目指す。」

通常、縦裂状態の破折歯は、保存が難しいとして、抜歯の対象である。当院では、 口内法、再植再建術、精密咬合調整という治療法を行い、約45%の症例に5年以上の延命を図ることができた。差し当たり抜歯を避けれたと言えるが、いつ再発するか・・・、と爆弾を抱えていることに変わりはない。安心の治癒を得るとは、確実に再発しない状態になることと考え3つの治療法を検証することにした。 一般的にも「治療が早ければ早いほど治りが良い」と云われるし、X線写真で破折線を確認できなくとも既に歯根が破折している症例が散見されることから、些細な臨床症状であっても、隠れている破折を発見する診断力の向上が急務と考えた。その為に健全な永久歯のX線写真を多数集め、臨床症状のある歯のX線写真と比較した。その結果、以下の4項目に 注目することになった。

 

 

【早期発見のための診断基準】

1.低石灰化層 (Low callcified layer)検査
2.外形線検査
3. Hanaの検査
4. A,B,C,D,E域の設定

(これは、2022年外形線研究室第4Gの研求成果の一部です。具体的な臨床例を示して解説する。)

 
〈症例1〉
患者:30歳 女性  患歯:#12

現病歴: 中学生頃に抜髄した。
半年前、化膿したので近くの歯科医院を受診。3ヶ月前再度化膿したので同歯科医院で再治療。しかし症状は治まらず、歯茎に膿が貯まっているとのことで唇側歯頚部の歯肉を少し切除した。症状は一時軽減したが直ぐに再発した。

現症: 根尖にX線透過像は診られない。
咬合痛++ 動揺2度
唇側歯頚部の歯肉に炎症があり、触れると痛い。
X線写真所見: ・#12に根尖病巣なし。   
・#11に直接覆髄の跡(?)

まとめから遠心歯頚部に起炎要素があると読み取り、精査した結果、破折線を発見した。

診断基準になった各検査の説明を示す。
・低石灰化層の観察

 

低石灰化層は、患歯の歯槽骨内に生じた病的骨欠損を云う。骨欠損が黄色の線と赤の線で示されるように2層に見える場合、外側層を低石灰化層と云う。 歯根膜に接する歯槽骨に2層型の骨欠損があれば、破折の可能性が高い。

・外形線検査

外形線検査は、歯根の外形を象る線 の太さ、連続性等を見て、根周組織の 炎症状況を判定する検査である。
(検査術式などは後述する。)

・Hana検査

 歯根膜炎のとき歯根膜腔の拡大が観られるように、歯根膜上の像と疾患とを関連づける。

健全歯のX線写真を通常倍率でみると 特に変わった点はないが、250%以上に 拡大すると、歯根に重なって歯、歯槽 骨の上にはびっくりする程の模様がみ える。歯槽骨も決して均一ではない。

 

〈破折歯の診断例〉
X線写真は、初診時に撮影。 根分岐部病変と診られるが、病変 の真の原因は何か。
・X線透過像は、近心根を丸呑みする 薄い透過像と歯根に接する透過性の高 い部分がある。二層型の透過像だ。
・外形線検査の1次トリミングをする と歯根の外形線など見えなかったものが 見えてきた。拡大すると根尖部と根上 部では外形線の形が違うのが分かる。
更に、上部を隠し、300%に拡大すると 根尖部に花びら模様が見える。
この花びら模様が外形線を消す状態な らHanaとしてカウントする。

 

X線写真は、術後3年。近心根、遠心 根ともに縦裂破折分離していた。

初診時、破折線は見えなかったが、低石灰化層の確認、外形線は巾ひろで、 カウントできるHanaを確認できていたので、破折の診断がつくはずなのに、予防処置を怠ったために最悪の結果になった。

 破折の早期発見に繋がる項目

1.
低石灰化層をもった二層型のX線写真透過像
2.
歯根外形線の異常(巾ひろ、途切れる等)
3.
根尖部など(B,C,D域)にHana 以上の3項目がそろって見られる場合破折と診断できる可能性がある。

図.破折線が見える。

破折線がX線写真写真に写る のは珍しい。何故なら反対側 の歯質で打ち消されるから

 

 

【解読するX線写真の加工】
1.
X線写真をデジタルデータにする。  
(デジタルのX線撮影機であれば、そのままPCに取り込めばよい。)
2.
スキャナーで読み込む。  
  使用できるスキャナーは、
  ・フィルムスキャナー
  ・透過原稿スキャンのできるもの
3.
解像度は720dpi以上
4.
PCの使用Soft   
   ・Microsoft社のPowerPoint

スキャナーの使い方、PCの使い方は 各メーカーの説明書を参照

【Microsoft社のPowerPointでの操作】

X線写真の読影で時に大きな間違いを することがある。その原因は周辺の図柄 による錯覚が多い。だから周辺を隠す ことにした。

(1)PowerPointを起動

(2)読み込んだ画像を取り込む。

スキャンすると画像ファイルは、デスクトップにある。  
そのアイコンを写真アプリにdrug & dropし、写真の編集を行う。
「ファイル」ー「書き出す」から 拡張子jpegのファイルにする。
PowerPointのメニューバーにある 「挿入」から画像ファイルを取込む。


(3)読影したい歯と、両隣接歯を選ぶ。

(4)トリミングする。:塗りつぶし作業 の前準備
  読影したい歯と、両隣接歯を含む。

(5)歯根の周囲を塗りつぶす。  

@「ホーム」のツールバーにある  「図形」のフリーフォームを選ぶ。

Aフリーフォームで直線、曲線を描けるので、塗りつぶす範囲を自由に決められる。

B一次塗りつぶし(図塗り潰し)
 ・塗りつぶす部分を囲う。
   :歯根膜の外側2mmをたどる。
 ・色の選択
   :線と塗りつぶしの色は「黒」

 

図塗り潰し術前 

 

 図塗り潰し2:
1次塗り潰しに線を いれてゆく

 図塗り潰し3:
黒に置き換えてみると外形線が見やすくなる。

Bツールパレットの図のコントラスト、明暗調整でより見やすい図にする。 (300×1)

 

 (6)歯根外形線検査の判定  

歯根膜腔上にある緩やかな曲線が、歯根の外形線であろうと思われるので、近心歯頚部からスタートし遠心歯頚部までを辿る。
 ・線が肥厚
 ・線が消えている。などの異常 があれば、その部位の歯根膜に炎症がある可能性が高い、と判定判定には、健全歯の外形線がどのように描かれているか、覚えなければならない

 図.健全歯の様々な外形線

 必ずしも「削り立ての鉛筆で描いた緩やかな曲線」とは限らない。

 

〈Hana検査についての追加〉

 この検査はまだ未完成だが、将来、診断の重要項目に進歩する可能性を持っていると感じるので書きとどめておく。

 

患者は60代男性、#33歯髄壊疽、#34の 咬合性外傷、欠損、#37残根 左下X線写真は術前、右下のX線写真 は術後5年経った時のもので、1次塗 り潰しを終え、Hana検査の結果(赤丸) も記入してある。骨は回復し、Hanaは 減っている。
 この症例を含め多くの症例で同様の 結果を観たので、Hanaは組織修復の必 要性を示すものという仮説をたてた。
今後研究を進めて是非を問う所存です。
 

 

【破折歯の治療】

当院では、破折歯の治療には主に3つの療法をおこなっている。 それらすべて次の“破折歯の治療原理” に基いている。

 

〈破折歯の治療原理〉
1.

これ以上割れないようにしておいてから治療を行う。

応急処置であっても、歯内療法をするにしても、現症状の緩和と病状悪化を防ぐ為に装置を入れる。
基本型は「輪状連結リング」と咬合調整
矯正用バンド、即重レジン、CR等
2.

「割れた」=破折片と破折片の間に隙間がある。

その隙間を閉じる(埋める=封鎖)
破折片を固定して安静を確保する。
  歯が割れると炎症が起こる。
その理由は、口腔内細菌が歯茎内に侵入するから、とか、破折して動揺するからと考えられる。
確かに破折しているのに炎症のない症例を経験しているが、細菌の侵入路としての隙間と考えると、隙間の大小により封鎖の仕方が変わる。すなわち治療法が異なると考える人が多い。
 ・ 破折歯の基本治療は、再植再建術 便宜上、1本の歯が2つに割れたと仮定する。2つの破折片がバラバラになっているが両者の間の隙間が極僅かな状態を「破折」と言う。破折片の間の隙間が明らかに開いている状態を「破折分離」と言う。そして、破折はしているが片面だけで、もう片面は割れていない状態を「亀裂(クラック)」と言う。



 

これは当院でのルールであって、 他院での呼び方と一致しないかも 知れない。確認して欲しい。
因みに、クラックと破折の中間の状態を「ヒビ割れ」と言う。

 

3. 患歯を無菌化する。
当院で行う治療は、LSTR3Mix-MP療法なので患歯の無菌化は必須    
患歯の無菌化には3Mix-MPを使う。
よって破折歯の救済治療も「3Mix-MP法で好結果を得る為の必要十分条件」を満たしていなければならない。 
(無菌化の一連の術式は成書を参照)
  破折症例なのでどのような作業で密封条件 をクリアするか。口腔内での防湿は不可能で、接着も出来ない。破折片同士をくっつ けないと密封を確保できない、と考えると 再植再建術しか条件をクリアできない。
これが破折歯の保存治療は基本的に「再植   再建術」と云われる所以だ。

 

〈破折歯の治療法1:再植再建術〉
患者:A.M 41歳 女性
主訴:#46 近医で抜歯宣告。抜かないで・・
現病歴:

1週間前#46の歯肉が腫れて近医を受診  #46の歯肉に膿がたまっているので抜歯と言われた。
腫れた頃から味覚がわからなくなった。

パノラマX線写真所見:#46

・根分岐部と近心根根尖に透過像あり
・近心根の根管に沿って破折線あり既に分離している。
・冠が外されている(前医により)

処置及び経過:

08.12 初診 X-Pパノラマ
09.07  固定装置印象
09.27 #46 再植・再建術
        線副子固定
10.07 X-Pデンタル(術後30日)
12.21 X-Pデンタル(術後3.5ヶ月)  
04.11 GA食片圧入のため 咬合調整
06.11 再度腫れた。 咬合調整
07.13 歯茎の痛み・腫れ →消失



 

 

・再植再建術の注意  
@ 抜歯の前に、再建できるかオリエンテーションをつけておく。 再建できない、再建しても耐久性に不安があれば別方法に変更せよ。  
A この症例はFixed Typeの固定装置が5ヶ月間必須(例:輪状連結鈎型)

B 患歯の清掃:エアースケーラー使用
・歯根膜を傷つけまいとして、不良軟組織を残してはいけない。
C 接合上皮の深行増殖の抑制を図る創傷管理
D 術後の再植歯は、歯周病罹患歯と同じと捉える。

 

考察:破折の原因

 本症例は、再植再建術が好結果をもた らしたが、破折の原因は何か考察した。 近心根が根管壁に沿って割れている。破 折線の起始部に冠のマージンが当たって いる。以上より近心隣接部の歯肉圧排が 不十分で採った印象不足と技工作業で過 剰に延ばしたマージンが原因、とした。 しかし、歯は咀嚼圧だけでは起こらない。 咀嚼圧に加え、歯に応力集中(形態要素 による)が生じると歯は割れる。

 

下顎第1大臼歯の形態要素:

 

・結論:破折は歯を割るほどの大きな咀嚼力と、力が集中するメカニズムが揃わないと起こらない。下顎第1大臼歯は、歯列状の位置、傾き、解剖学的特徴から揃っている。 一番負担のかかるポジションだから、一番頑丈な奴を起用している、ということ。
それ故、当院破折症例の歯種別発生率で、 1位が下顎右側第一大臼歯、2位が同左側と なっているのは興味深い。

 

  狭義の外傷性咬合の咬合調整法:

 歯を回転させる咬合接触を取り除く。 1本の歯の1つの咬合面に幾つかの咬合接触点 があるので端にあっても交互作用が働くなら、 歯を転覆させる原因にはならないので保存。

@
中心窩に近い方を削らない。
A
咬頭頂を削らないが、咬頭頂に近い方を削る。
B
どちらを削るか迷う時は下顎の歯を削る。
C
軸面の接触は、必ず取り除く。

 

〈破折歯の治療法2:口内法〉

 歯が破折した場合、根管内に細菌が入り 込むのは時間の問題で、根管内の無菌化も 不可能と考えていた。よって破折歯の治療 は、患者にとっても歯科医にとっても負担 は大きいが再植再建術しかない、と思い込 んでいた。しかし、実験結果によると、口 腔内の歯槽窩内にあっても、クリアフィル ニューボンド®(クラレ社製)を破折線に 流し込めば毛細管現象で歯根表面にまで 入り込み、破折部を接着封鎖することが 分かった。これで、口腔内での歯内療法 (LSTR 3Mix-MP療法歯根Save療法)が 応用可能となり、“口内法”として破折歯 の治療法となった。

 当院の臨床成績でも、術後5年以上経過 良好な症例の46.6%を占め、再植再建術 (33.3%)を上回る。 口内法で注意すべき事は、はじめに破折歯 を締めて隙間を小さくしておくこと。 矯正用ゴム糸やデンチメーターを用いる。

 

〈破折歯の治療法3:精密咬合調整〉
 歯が割れると歯肉の腫脹、排膿などの 炎症症状がみられる。しかし、そうでない 症例もある。
患者:KS  62歳 女性
 与えられた頁の関係で詳細は書けないが、治療は広義の咬合調整で患歯の安  静と機能のバランスを図った。より患者に優しい治療法と云える。

 

 
 
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